日本のバブル崩壊(1990年1月~)
日本のバブルの概要
1980年代後半~1991年頃に狂乱を招いた日本の好況期は、拡大期も崩壊期もあまりにも長期にわたって日本の経済に影響を与えた。経済のみならず、文化、社会、国民気質、風俗にも大きな影響を与えた。このため、国内で「バブル」とか「バブル時代」といえばこの時代のバブルのことを指している。
日経平均の価格推移を見てみると、1982年から顕著に上げ基調となり、1989年の大納会で記録した38,957円がピークとなった。このときの日経平均株価は30年以上が経過した2020年5月現在においても未だ回復していない。
また、1970年代、1980年代は米国株に比べて日本株のパフォーマンスがはるかによかったが、バブル崩壊後を契機として完全に逆転。1990年代以降2020年現在に至るまで、米国株の方が日本株よりもはるかにパフォーマンスが良い(年代別の運用シミュレーション参照)。
バブル拡大期の株価の推移
日経平均の上昇傾向の始まりと合わせて1982年7月~1989年12月を拡大期とし、グラフ化した。この間7年強で日経平均は5.5倍となった。7年以上にわたり、福利ベースで平均25%成長したことになる。
1985年9月のプラザ合意後、円高ドル安が顕著になっており、1985年の9月に240円前後であったドルは1989年12月は140円台と40%も下落している。
プラザ合意後の円高不況対策として日銀は金融緩和を継続。これが過剰流動を招き、不動産、株などの資産へ資金が流入。バブルがふくらんだといわれている。
プラザ合意後、日経平均とスタンダードプアーズの伸びが顕著に乖離しているが、これは円換算しているためでもある。ドルベースではこの間も成長を続けている。
バブル拡大期は今では考えられないような狂乱となり、人々の生活、行動様式に大きな影響を与えた。
シミュレーション期間
1982年7月~1989年12月(7年5か月)
※)日本のバブルが拡大していく期間
グラフにおけるそれぞれの資産価値の推移
・月末の終値でのみ評価。
日足ではない。
・米国の株価指数は月々の為替レートで円換算。
ドル評価ではない。
シミュレーション期間における各指数のリターン
日経平均: 5.5倍(年利回り25%)
スタンダードプアーズ500: 1.8倍(年利回り8.2%)
バブルがはじけた後の株価の推移
日経平均株価のピークは1989年末であったが、日本銀行は1990年、不動産バブルを鎮静化させるために引き締め策をとった。その結果、不動産バブルがはじけ、日経平均はますます値を下げた。景気が悪化する中1991年まで引き締めを続け、さらに景気を悪化させた。
1989年12月~1992年7月の2年7か月で日経平均は59.1%下落した。
その後、国内は大不景気へと突入。不動産価格も下落。債務返済の源泉が土地の値上がり前提であったため、債務者は負債を返済できなくなった。同時に不動産も軒並み担保割れとなり、銀行は大量の不良債権を抱えることとなる。
1995年~2000年、就職氷河期。
1997年11月、山一證券破綻。
1993年以降、アベノミクスが始まる2013年までの間は失われた20年といわれる。1990年後半、米国がITバブルを謳歌するのを横目に、日本経済はさえなかった。バブル崩壊の不況から立ち直れないままの状態で2000年代の世界経済不況へと巻き込まれていった。
シミュレーション期間
1989年12月~1994年12月(5年)
※)日本のバブルが崩壊していく期間
グラフにおけるそれぞれの資産価値の推移
・月末の終値でのみ評価。
日足ではない。
・米国の株価指数は月々の為替レートで円換算。
ドル評価ではない。
シミュレーション期間における各指数のリターン
日経平均: 0.51倍(年利回り-13%)
スタンダードプアーズ500: 0.89倍(年利回り-2.3%)